ママコでGO!

kannou2011-11-14

 苛められたシンデレラは継子であった。大体、童話においては、継母は意地悪な役回りが与えられることが多い。それが実母であったなら、物語はたとえハッピーエンドであっても、後味の悪いものになるだろう。
 実際には継子だろうが継母だろうが愛情にあふれた幸せな家庭の方が多いのだろうと思う。
 スバルのトレジアを買った。二代世代前の旧型ヴィッツから乗り換えたのだ。
 まず、車種を選ぶにあたっては、あまり乗られてないものを、というのがあった。ヴィッツなんて、ちょっと近所を走っただけでも、何台もすれ違う。信号待ちで隣に同車が並ぶ。
 ヴィッツ自体は気に入っていたし、運転のしやすさ、燃費の良さにはとても満足していた。最新型のヴィッツの顔も気に入った。だけどそのうちにはまた巷に同型車が溢れることになるだろう。
 車にはそれほど拘りもなくて、運転しやすく問題なく走り、エアコンとカースレレオさえ動けば全然オッケーなのだが、今回はチョイスに熟慮の労を惜しまぬことにした。とはいっても、熟慮ほどではなく、車の知識もほとんどないので、各種コンパクトカーを消去法で排除していくとトレジアが残っただけなのではあるが。マーチもデミオスイフトまあよく見かける。トヨタラクティスはあまり見ないような気がするが、顔が紋切り型で愛情を持つに至らなかった。試乗した感じでは悪くはなかったけど。
 一方、トレジアはヘッドランプが「流し眼」なのと、その眼から眼の間に繋がるシルバーの部品(なんというパーツなのかは分からん)にちょっとカッコいい印象を与えられて、「こいつとなら飛べる」というコピーが実感となるような気がした。多分それは錯覚だろうけど。大体飛ぶほどぶっ飛ばさないのだが。
 トレジアを選ぶことにしてから、話は大きくなって、排気量1300ccから1500ccのヴァージョンへ、カーナビもハードディスク式の結構いい奴、パドルシフトなんてぶっ飛ばさない人に必要かどうかも分からない装備までついて、トレジアの中でも上級なグレードを選定することになった。
 無論、選択権は財布と銀行口座を握っていて、車を毎日の通勤に使う妻にあった。販売店の担当との商談の度に白熱して行く値切り交渉も加古川出身の妻が取り仕切り、しかし加古川が関西かどうかは微妙ではありつつも関西人然とした値切りの攻勢を私はその隣でただ見守るだけなのだが、実際の戦果としてはどうなのか、以前地デジのテレビを買った際にも同様の妻の戦いは、結果買う予定のなかったブルーレイレコーダーまでこの機会にと購入し、それは百戦錬磨の手練たる販売員に逆に手玉に取られたのかもしれず、今回も「これ以上は許して」というところまでの見積書は出させることにはなった。
 それで発注、一ヶ月後に納車の運びとなり、新婚時代から十年近く乗った旧型ヴィッツと別れを惜しみつつ、新しく愛車となったトレジアのハンドルを握った。車内には、新車特有の臭いがした。それは鼻粘膜に強く入り込むが不快なものではない。
 思えば、旧愛車旧型ヴィッツは、高知で山登りに嵌まっていた時期には、四国の登山愛好家の間で「四国アルプス」と呼ばれる石鎚山系にもよく出向いたし、山道のための運転の練習と称して、太平洋側から瀬戸内海側まで高速も国道も使わず県道のみで到達するという荒行を自らに課したこともあった。あの頃、イラク戦争前だったが、まだガソリンはリッター百円以下だった。
 剣山系の三嶺(1893m)の登山口を下見に行った際には、林道上に落ちていた大きな石で車体裏面のマフラーの基部を破損し、どノーマルで生真面目な仕様のはずのヴィッツなのに爆音を上げながら販売店へ急いだことも思い出された。倉敷に引っ越す時もヴィッツに乗って来た。
 このヴィッツは高知ナンバーであった。格好いい高知ナンバー。一方、新車トレジアは当然に倉敷ナンバーとなる。
 倉敷ナンバーが格好いいと思っているのは倉敷の人らだけだろう。と、思っていたが、近頃転職し、職場が岡山市になったので、ちょっと意識も変わって、周りが岡山の人ばかりとなれば、自ずとそれまでは倉敷の中にあってストレンジャーと感じていた自分にも倉敷の人としてのアイデンティティが芽生えてきて、倉敷ナンバーも結構なことと思えるようにもなっていた。
 ともあれ、これからこのトレジアを愛して行こう。1300ccであったヴィッツよりもビュンビュン走る1500ccのトレジア、乗り心地も良く、排気量が増えたことで燃費は気にはなるが、運転は楽しくて仕方がない。
 ハードディスクにグルーヴァーズはすべて取り込んだ。「マセラティ」じゃないし「ノーマルでも全然オッケー」だけど、ぶっ飛ばす時には『マセラティ』と『レッド・ホット・アディクト』この二曲は最高のBGMだ。
 仕事が忙しく、夫婦で休みもあまり合わないので、まだ充分に乗りまわしてないし、妻が仕事の日に私が車を使えば、妻の仕事が終わるころには迎えに行かねばならない。帰る時間が決められたシンデレラのように。
 ところで、スバル・トレジアはトヨタラクティスのOEMであり、中身はラクティスなのである。生産もトヨタ系の工場でしているようで、エンブレムはスバルでも、ほとんどの部分がトヨタ製なのかもしれない。
 実際、納車の際に他のスバル車とのちょっとした違いを説明して販売員が言った一言に、「ウチの車との違いは…」とあった。無理からぬことであるが、意識として、「ウチの車」との線引きがあるのだろう。
 「そうか、お前は継子なのか」と思って、サイドミラーを撫でてやった。ウインドガラスにはひっそりと「TOYOTA」のロゴマークが入っていた。