March 16, 2010 BOB DYLAN @ OSAKA ZEPP その3

kannou2010-04-09

 1曲目は「キャッツ・イン・ザ・ウェル」。この曲は私にとってはとても大きなサプライズであった。だって、今日途中のバスの中でiPodのシャッフルで偶然に聴くまで、ほぼ忘れかけた曲であったし、同時に見直した曲でもあった。考えてもみない選曲であったし、この会場の誰もがそうであるのではないかと思った。
 後で分かったことだが、実は近年はこの曲は結構取り上げられてはいる。何にせよ、その時の私の感動は猛烈なものだったから、それはそれでよい。
 ドニー・ヘロンのヴァイオリンが素晴らしかった。スタジオ盤のペダル・スティールも印象的であるが、ドニー・ヘロンがペダル・スティールではなくヴァイオリンを弾いているところが、今のディランと彼のバンドの尋常ならざるところを感じさせる。このバンドは9年前よりもすごいものになっているのではないかと。
 向かってステージ右端で鍵盤を弾き唄うディランは黒のコートに黒のハットに赤いスカーフという出で立ちだった。南北戦争時代の将校みたいだと思った。南北戦争時代の軍服がどんなものかは知らないけど。
 
 2曲目は「火の車」。実はこの曲はサビのあたりまで分からなかった。ディランはアレンジのみならず唄メロまで原型を留めぬほどに変えるので、知っているはずの曲でも分からないことも多い。結論から言えば、今回私は分からない曲はなかった。まあそれは自慢できることではあると思う。
 曲が始まってからの、フロア全体が手探りで耳を傾けているような、何という曲かが分かってジワーっと歓声が広かって行くような、ディランのライヴ特有の雰囲気がとても好きだ。
 ディランはセンターマイクまで出張って、ハーモニカのみを手にして唄う。あまり動きはつけずに唄うけれど、ちょっとした瞬間瞬間が決まっている。でも意外とメタボリックだなあって思った。ボクシングのトレーニングをしているらしいというのは聞いたことがあるのだが。もしかしたら、太って見える服だったのかもしれない。ディランにしては小さめの会場とはいっても、如何せんステージからは遠くて、細かいところは見えにくい。近年のディランのトレードマークのカイザー髭が、今日はあるのかないのか付け髭なのかも判別できない。
 いつもよりも3割り増しでメロディを崩してますって感じで、今夜のディランは調子がいいのだと思う。例のダミ声もよくも通っている。
 
 3曲目は「サマーデイズ」。くぅ〜、めちゃめちゃ踊れる。このバンドのグルーヴは最高に気持ちいい。
 本来フロントマンのディランが右端の鍵盤前にいることが多いもんだから、自然とリードギターのチャーリー・セクストンがステージ中央に出て来る場面も多く、押さえ気味にアクションを決めたりする。知らない人が間奏のところだけ見たら、チャーリーが主役のバンドと思うだろう。それでもちょっと押さえ気味にしているようにも思えるのは気のせいか。概ねギタリスト、特にリードギターなんてのを選ぶ人は目立ちたがりが多く、キメが入るところでは自然とアクションもオーヴァーになるのだろうが、ディランに対する遠慮があるのだろうか。
 そんなことはどうでもよくて、ディランがチャーリーの多彩なプレイに全幅の信頼を寄せているのは言うまでもない。
 
 4曲目は「アイ・ドント・ビリーヴ・ユー」。事前に聴きたい曲を10曲厳選で心の中にピックアップしていたが、その中の1曲。後にザ・バンドになるホークスとの、電化初のツアーが記録された『ロイヤルアルバートホール』での不敵なパフォーマンスが思い出されるが、それから40年後のディランもやはり格好いい。
 
 5曲目「フォーゲットフル・ハート」。どのアルバムにもこんな美しい曲があって、コンポーザーとしてのディランの底知れなさを感じる。そして情感豊かなヴォーカルに改めてうっとりする。
 
 6曲目「我が道を行く」。格好いいです。古希前のじいさんにこんなに格好いいと感じるとは、子供のころは想像できなかった。そして力強い。でもディランのオルガンはヘンだなあ。
 ここらあたりで気がついたけど、チャーリー・セクストンは指弾きだった。なるほど。
 
 7曲目、ドニー・ヘロンがバンジョーを持ってペロンと鳴らし、それだけでもう大興奮なのだが、ディランが唄い始めたのは「ジョン・ブラウン」。
 これには驚いた。「心の中厳選聴きたい曲10」の第1位であったし、さっき会場までも鼻歌でこの曲を唄いながら来たのだった。俺の心が通じたのか、ボブ。ならば、「イッツ・オーライト・マ」もやってくれ。「時にはアメリカ大統領でさえも裸で立たなければならない時がある」ってところで大歓声上げるから。それと「見張塔からずっと」はアコースティックセットで頼む。
 この夜のディランの衣装が古い軍服のようだったという私の印象は、この曲を聴いていて持たされたのかもしれない。
 ライヴ盤「MTVアンプラグド」にも収録されている曲だが、ディランのヴォーカルはそのテイクよりもさらに素晴らしく思え、スチュワート・キンボールのアコギもまた素晴らしかった。この夜の最高の聴きどころだった。いや、どの部分でもそうだけど。
 
 8曲目「アンダー・ザ・レッド・スカイ」。今日のバスの中でアルバム『アンダー・ザ・レッド・スカイ』に対する思いを新たにしたばかりなので、ここでも私の思いがディランに通じたのか?と思ってしまう。天国のジョージにも届けよ、と天井を見上げた。
 
 9曲目「オネスト・ウィズ・ミー」。実はこの曲、「心の中のやらなくていい曲10」の1位だった。ギターバトル的な展開になるというコンセプトはいいんだけど、ハードロック的で、ディランの曲の中でも珍しく好きになれない曲であった。
 だけど、あれ?、ディランはギターを持たない。そしてオルガンでチャーリーとバトルを繰り広げている。94年に観たディランはニール・ヤングに対抗してか、リードギターを弾きまくる人であったが、そのプレイは微笑ましいものであった。オルガンのディランはやはりそれ以上に微笑ましい。そしてこの夜のショウで一番スリリングな瞬間でもあった。彼のバンドが凄いのはやはりディラン自身が凄いからである。この曲を「やらなくていいリスト」に挙げていた自分を恥じねばならない。
 ディランは齢六十八にして、休むことを知らない。曲が終わるとステージは暗転するが、各プレイヤーが楽器を持ち替えるとすぐ演奏を始め、曲間が開かない。例えばソウルフラワーユニオンあたりの「疲れた」とか「呑みたい」とか「タイガースがどうの」とかいった曲間のダラダラ感は大好きではあるのだが、それに普段慣れているので、忙しない。
 
 10曲目「戦争の親玉」。ここでもディランのオルガンが印象的だった。やはりヘンだけど。
 ジョージ・リサイルのドラムスは、激しい曲でのパワフルさは勿論のこと、アコースティックな曲でも凄いグルーヴを聴かせるし、ディランバンドの頭脳たるトニー・ガーニエはウッドベースを弓弾き(この曲ではなかったかもしれないが。)したり、本当に奥深くて、凄いメンバーを集めたもんだと思うばかり。
  
(つづく)