March 16, 2010 BOB DYLAN @ OSAKA ZEPP その1

 ディランを観るのはこれで三度目。一度目は94年に広島で、二度目は2001年に大阪厚生年金で。特に2001年は今まで人生で観たライヴの中でも最高だった。あれ以上は多分ないと思っていた。
 今回の来日は各地のZEPP、つまりスタンディングがメイン。外国のことはよく知らないけれど、ディランがライヴハウスツアーってのは珍しいのではないだろうか。しかもそれほど大きくない会場で数回の公演をする。ZEPP大阪だけでも6daysなのだ。ディランのステージは、セットリストがコロコロ変わるし、アドリブの比重も高いので、何度も観るべきだ、とはよく言われる。それにスタンディングの方がよく踊れる。今回のプロモーターはよく判っている。
 だから私も最低3回は観たかった。おそらくセットリストは1/3も被らないだろう。だけれど、先立つものがない。休みもない。そりゃ宝くじでも当たれば、知性や内省とは無縁で羞恥心も持ち得ないマギーズ・ファームの親玉、あるいは蟹工船の監督へ、辞表とともに鼻柱に鉄拳を喰らわして旅立つのだが、不本意ながら実に馬鹿げた毎日をやり過ごすことでしか日々の糧を得ることができず、それすら欺瞞の濾過紙に搾り取られた僅かばかりの、力なき我が身としては、たった1回出かけるのが精一杯であった。
 そんな訳で、ディランとは関係なく愚痴っぽい言葉を書き連ねてしまったが、そういう気分も引きづりつつ、連日の大阪のオーディエンスのいい反応に気を良くしたディランが3割増しに素晴らしいステージを繰り広げるのではないかとの期待を込めた予想を立て、選んだのは大阪公演最終日3月16日、高速バスで倉敷を出発した。
 ロックを聴き始めててからかれこれ20年以上、その日々は常にディランが基準としてあり、図らずも気がつけば直接にしろ間接にしろディランの影を感じさせるバンドばかり聴いて来たのであり、言い換えれば、ディランの影響を受けていないロックなどないとも言えるのではあるが、そんな募る思いも強すぎて、当然にワクワクしすぎて前の晩は寝られず、例えばソウルフラワーユニオンの前夜なども大体は眠れないのだが、年に3回は観に行くユニオンとはその重みも意味もまったく異なり、兎に角、浅い眠りと覚醒を繰り返して朝を迎え、いつも大阪に向かうのよりも早い時間のバスに乗った。
 バスの中のiPodはディランの曲だけをシャッフルで聴いた。「 Cats In The Well」は久しぶりに聴いた。『Under the red sky』は、評判のいいアルバムではない。そんなことはなくて、「決して悪くはないアルバムである」と私は主張してきた。名盤『Oh Mercy』の後で、大きく損をしている。それに1曲目はくだらなさ過ぎるが、「Under The Red Sky」や「God knows」「Born in time」「TV talkin' song」は埋もれさせるには勿体ない曲だ。プロダクション的な部分で、曲本来の力を捉えれていれば、あるいは「今の」ジャック・フロスト「のみ」が手がけていれば、近年の3作と同程度かそれ以上に輝いた1枚になっただろうに、とか思った。とかいいながら、年1回くらいしか聴かんけどね。
 加古川を通過したところで「今、My wifes home town」と妻にメールした。あの曲のように皮肉とかジョークはこもっていないけれど。
 で、昼過ぎなんば着。いつものお決まりのコースで日本橋へ。しかし、今月は意識的に、あるいは意識しなくともそうなったのであろうが、自分の中のモードが完全にロックンロールに振り切れていて、「西の秋葉原」たるポン橋でも、改装前のセール期間中のガンダム専門店だろうがその他ホビー系のショップだろうが、あまり熱くならず、軽く見る程度。
 尤も、「ガンダムズ」のセールでも安いのは概ねプラモやフィギュアであり、いくら安いといっても、モノ事体は岡山でもあるような特別珍しいものではなく、買っても荷物になるばかりなので、パス。
 こんな場所では10年前ならレコ屋を漁っていたのだろうが、そんなのもネットで探せばすぐ見つかるし、結局ポン橋では何も買わず。何か、醒めた男になった。
 後で考えれば、ディランのライヴのブートでも探しとけば良かったと思う。ブートを聴く習慣ってあまりないけれど、近年の公式のディランのライヴ音源は多くはないし。
 でも、今度行った時には今回の来日の音源が出回っているだろうから、それは絶対はずせないと思う。
 お腹が空いたので、そば屋に入った。不味かった。この前もこの店で不味い思いをしたような気がする。もしかしたら3回目かもしれない。でもこのシチュエーションは悪くない。
 バスの中でも眠れなかったし、買い物をしなかったと言っても歩きつかれたので、会場近くのホテルへ早めに入った。前日眠れないことは充分予想が出来たので、開演前に休めることと後先考えなくて済むように、宿泊する計画だったのだ。
 でもやはり、ホテルでも眠れなかった。ゴロゴロしているうちに開場時間が過ぎたので、寒いのはイヤだなあとか思いながら、バスに乗った。ホテルからZEPPまではそこそこ遠いのだ。巡回しているバスに乗って来るのはビジネスマンばかりで、このコスモスクエアという日本なのに横文字の地名の付けられた一帯は、ZEPPがある以外は港とビジネス街なのだなと思ううちに駅に着いて、そこからZEPPまでは「ジョン・ブラウン」を口ずさみながら歩いた。
 夕刻の駅に向かうビジネスマンの流れに逆行するロックンロールのコンサートに向かう人の流れ。でも、こんな人たちも普段はネクタイ締めているんだろうな俺もそうだけど。くそったれ。
 で、会場に着いた。ドキドキする。(つづく)