CAも料金のうち

二重橋と田舎から来た観光客たち

 6月13日と14日に花の東京へ行って来た。人生二度目の上京である。もう慣れたものであるから、飛行機搭乗に関しても、予めwebでチェックインも済ませていた。JALマイレージバンクのカードを機械に通すだけでよかった。もうマイルも結構溜まってきたのではないだろうか。グローバル会員に昇格のお知らせが発送されてくる日も近いだろう。
 搭乗手続きは楽勝なのであるが、フライトは始発であり、倉敷から空港への連絡バスは6時の便であったから寝過ごす不安はあったが、そんなものは杞憂で、ワクワクして自然に目が覚めた。まだ3時であった。
 右往左往している一般ピープルを尻目に、颯爽と発券を済ませ、荷物を預けた。この時点で私は、ある程度以内の大きさの荷物は機内に持ち込めるということを知らなかった。小さいのを1個までだと思っていた。羽田では、ベルトコンベアから、着替えや、いざという時の予備の下着などを入れたオレンジチェックのエイグルのマイバッグが出てくるのを長らく待つ羽目になった。しかも、降りてから荷物の受け取り場所までの距離が長い。迷っているのではないかと不安になる。周囲の岡山からの便を降りたばかりの田舎者の群衆が歩いているのを見たら、皆二つ以上の手荷物を持っていることに気がついた。持ち込みは二つ以上でもよかったのか。ひとつ知識をゲットして、また旅慣れた。
 岡山空港に話を戻すと、搭乗口カウンターのグランド・アテンダントもなかなかのものであった。しかし、キャビン・アテンダントともなると、さらに3割増しになるだろうと期待された。
 飛行機がフワーっと浮かび上がる瞬間は気持ちがいい。『めぐりあい宇宙』冒頭でアムロが「宇宙(そら)か…。久しぶりだな」と言った気持ちは、多分こんな風だったのだろう。
 窓(無論webチェック・インの際に左の窓側を指定するのを怠っていない)の外に見える景色は、旭川、吉井川までは分かったが、その後は何だか分からなかった。神戸かな大阪かなと思っている間に、琵琶湖らしきものが見えた。
 飛行機は忙しい。窓の外は見ないといけないし、CAも見なければいけない。高い山々は、まだ尾根に薄らと雪を冠っていて美しかった。CAも美しかった。機内サービスではゆずジュースをもらった。地上では飲めない飲み物だ。
 富士が見えてきても、予め心積もりができていたので、今回は動じなかった。この前は窓際ではなかったので、機体の傾きなどにより、見えるチャンスが限られたが、その日はずっと首を左90度に振って、額はずっとガラス面にくっつけていた。晴天だから裾野までよく見えた。天気が良ければ、羽田に着陸する直前まで富士はずっと見えるのだと初めて知った。
 飛行機は無事着陸し、CAに見送られて、東京の地に立った。それが8時半ごろ。最初の予定は10時から皇居参観であり、十分に時間があるものと思い、空港ビルの屋上で飛行機発着を眺めた。
 小学生の頃、旅客機のパイロットになりたかった。その夢には、CAがどうだとかいうのは多分関係なく、純粋な憧れであった。
 1時間に数本しか発着のない高知龍馬空港や岡山桃太郎空港と違い、羽田はひっきりなしに降りては飛んで行く。飛行機の飛ぶ仕組みを知っているから不思議ではないが、そんな巨大なものを作る人間というものは、やはりすごいものだなあと思う。その上でさらに綺麗どころを乗せてサービスをさせるという旺盛なサービス精神の発現は、人間の欲望を飲み込むような凄いビジネス・モデルを考え出したもんだなあと感心する。
 空港ビルには他に見るところも沢山あり、結構時間を費やした。あまり知られてないようだが「羽田空港神社」なるものがある。ビルの中の客はあまり通らないような場所(ただし一般客立入禁止という訳ではない、と思う。)の1室に、小さな祭壇を祀ったものである。祭神は「航空神社」から勧請した神様らしい。「航空神社」とは「日本航空協会」に関連する、航空関係の殉職者を祀った「招魂社」的な性格の神社である。愛媛の八幡浜が生んだ二宮忠八の「飛行神社」とは別モノである。(上記のことは帰ってから調べて知った。また、忠八の飛行神社も招魂社である。)