でもくじけそう

 そんな訳で、毎日の練習も楽しいのだが、楽しいようでいて、辛い。上達しない。
 「まずはペンタトニックだろ」ということで、ペンタトニックスケールを中心としたリードギター教則本を進めている。この本のキャッチコピーが「1日10分!短時間、短期間!」で、30日目まであるのだが、始めてから1ヶ月でまだ5日目までしか進んでいない。
 考えてみれば、ギターを始めたのは高校生の時で、もう20年近く前のことになるが、ずっと初心者の域を出なかったし、ここ5年は触ってもいなかった。取り合えず簡単な弾き語りは出来たので、それ以上のこと新しいことにはチャレンジしなかった。かなりインチキなアドリブで遊んだりはしていたけど。
 その一方でグルーヴァーズ耳コピにも取り組みながら、やはりそれも進んでいない。ろくに弾けないのだから、耳コピも出来る訳はないが、一彦はあまり難しいことはしていないので「出来そう感」はある。オーソドックスでギタリストが教科書とすべきようなプレイで、それでいて上手いとしかいいようがなく、格好いい。
 最近は「エレクトリック・ギターを弾く」ということを意識して音楽を聴いているので、どうしてもギターが中心の音楽ばかり選ぶことになっている。グルーヴァーズ、ジミヘン、ジェフ・ベック、ロイ・ブキャナン、シカゴ・ブルースの面々などが最近のヘヴィ・ローテーション。
 でも、プレイヤー的な視点を持たずに音楽を聴く方が楽しかったように思う。そりゃ何年たってもジェフ・ベックを弾けるようになることはないだろうし、弾けないのももっともなのだが、やはりすごいギタリストのすごいプレイを聴くと自分との差を思い知らされてヘコんでしまう。そこでヘコむ必要はないのだが、なぜかそう感じる。一彦にしても、同じようにできることは絶対にないのだが、コピーすることを目標にはしている訳で、その険しい道のりを思えば、肩に圧し掛かるものがある。
 音楽というものは、多少楽器に対する知識はあった方がいいが、プレイヤー的視点を持たずに純粋に腰だけ振って楽しめれば、その方が接し方として幸せなのではなかろうかと、私の場合は、思えてしまう。そういう訳で、ギターの入っていない音楽を聴いてみたら、落ち着いた。
 ああ、でも今は初めてギターを手にした少年のころのようなワクワク感を抱いているのもまた事実なのだ。アリの歩くような速度での進歩はあると思う。というか、あると信じている。今日の練習が捗らなかったから、一時的にヘコんでいるのだ。BPMが100での16分音符(この程度は早弾きには入らないよな…)で右手左手が連携しないからだ。明日には、ちゃんと押さえれてピッキングできるはずだ。