ある記憶違い

 私にとっての時代劇ベスト3は「水戸黄門第29部」と「隠密・奥の細道」ともう一本北大路欣也が主演の真田幸村ものであった。
 まず、「水戸黄門第29部」から軽く解説しよう。
 これは佐野黄門に代わり、石坂浩二が光圀を演じる最初のシリーズであるが、「リアル路線」とでもいうべきか、異色の黄門像を提供したものであった。
 「諸国を漫遊して悪を懲らす」という基本ストーリーは従来のシリーズと同じであり、それ自体は荒唐無稽な話なのであるが、細部が妙にリアルだったり、「印籠出し」などの「黄金パターン」を踏まなかったり、野心作であった。
 例えば、助さん格さんがあまり強くないのである。悪を懲らしめるチャンバラは主に由美かおる率いるくの一軍団が受け持つ。佐々木助三郎渥美格之進大日本史を編纂するために光圀に使える学者侍であり、剣や体術の達人であるよりはあまり強くない方が、なんか説得力がある。でもやはり「くの一大活躍」というのは時代劇の醍醐味でもある。
 それに光圀が将軍綱吉との確執(というよりは柳沢吉保の陰謀)により隠居に追い込まれる経緯が描かれたり、「日本史上最初にラーメンを食べたのは光圀である」というような史実に基づいたエピソードの紹介など、非常に新鮮であった。
 しかし、一部で好評(だったと思う)なこのシリーズもそれまでの「黄金パターン」の水戸黄門を求める視聴者層からは多くの批判的な意見が寄せられたようで、回が進むごとに段々と旧作の雰囲気に近づいてきた。29部のラストに家臣に切腹を命じた実際にあったエピソード(おそらく劇中では史実通りではないが)を描くなどしたが、次の30部ではほとんど元のパターンに戻った。その30部も石坂浩二の病気による降板で、31部からは里見光太郎が光圀を演じるようになり、雰囲気も完全に従来に戻り、視聴率も回復したようだ。里見光太郎は遠回しではあったが、石坂黄門に対してとても批判的なことを言っていた。
 普段は「水戸黄門」など見ないけれど、29部は毎週楽しみにしていたのを憶えている。

 「隠密・奥の細道」は、私が高校の頃の放送だったと思う。
 「芭蕉忍者説」というのはよく言われる話で、彼が伊賀の出身であったことや、紀行文に記録されている移動速度が異常に早いこと、その行程の不自然さなどを根拠とする。
 その俗説を踏まえて、佐藤浩一演じる「偽・芭蕉」が幕府隠密として諸国を旅しつつ悪を退治する物語であるが、本物の芭蕉こそ実は「隠密支配」ではないかという疑惑も劇中見え隠れする。結局、芭蕉の正体は判らず仕舞いであったと思う。
 まあ、昔の記憶を頼りにここまで書いてきたので、記憶違いもあるかもしれない。ここから本題に入るのであるが、北大路欣也が演ずる真田幸村もののタイトルがずっと思い出せなかった。
 記憶では、関ヶ原後から大阪の陣前夜までの話で、九度山に蟄居させられている幸村が、こっそり抜け出しては家康の威を借る悪を斬る話であった。霧隠才蔵が実は女で国生さゆりという配役で、幸村が豊臣方につくのは豊臣家への忠義ではなく、淀殿と幸村が密かに恋愛関係にあったため(もしかしたら秀頼は幸村の子かも…という設定もあったかも)というところが印象深かった。放送は、これも私が高校の頃だった。
 と、そういう記憶であったのだが、タイトルが思い出せなかったので、さっきネットで調べてみた。北大路欣也が幸村を演じるのは「風雲!真田幸村」という作品で、放送は89年である。
 ところが、この作品では、霧隠才蔵は女ではなく、その他北大路以外の配役もまったく記憶と違っていた。
 なんか納得いかなかったのでもっと調べてみると、霧隠才蔵が女で国生さゆりが演じるのは「家康が最も恐れた男・真田幸村」という作品で、これは98年のテレビ東京の12時間時代劇で、幸村を演じるのは松形弘樹であった。淀殿との恋愛関係という設定もこの作品のものであった。
 98年といえば、ごく最近である。いつどこで、私の記憶の中の、北大路欣也の幸村と松形弘樹の幸村がごっちゃになったのであろう。謎である。
 と、まあ、長くなったが、「人の記憶というのはあてにならないなあ。特に俺のは、な」という話であった。
 ちなみに「水戸黄門第29部」の劇中で、旅先の光圀一行が松尾芭蕉と遭遇する話があった。そこでも芭蕉は光圀の正体を見抜いたり、やはり謎多い人物として描かれていた。