ちょっと考えたこと

長宗我部のことを調べていて、「七人みさき」の伝承に関連があることを知った。
「七人みさき」とは、七人で連れ立っている亡者の集団で、生者を自らの仲間に引き込む。その列に一人新たな亡者が加わると、一番古参の亡者は成仏できる。常に集団の構成員は7人であり、一人引き込み、一人が抜ける(成仏する)。
旅先で急病に罹ったり、急死したり、遍路の行き倒れなど、「七人みさきにあった」という。現代で、自殺の名所や事故が多発する場所などで、「地縛霊に引き込まれる」と言われ、それと同類の伝承であろう。土佐の、特に沿岸部に伝わる伝承らしい。「みさき」は「御先」と書くことが多いようだ。沿岸部だけでなく、山間部でも言い伝えられていたようだが、「岬」にも通じるのか、沿岸部の方がよく言われていたようだ。他の地方に「七人みさき」と呼ばれる伝承があるのかは、調べてみたけれど、分からない。現代で言う地縛霊と同様に、他にも類型がありそうなのだが。
この伝承について、現代ではあまり言わなくなったのか、私は知らなかった。初めて知ったのは京極夏彦の小説「続巷説百物語」によってであった。
ちなみに「続巷説百物語」ではその他にも土佐に関わる伝承や風俗、例えば一種の陰陽道である「いざなぎ流」などが登場する。
その時は特に気に留めなかったが、先日「七人みさき」が長宗我部家のお家騒動と関連があったことを知ったのだ。
晩年の元親はまさに暴君で、家督相続の際に、家臣を大量に粛清している。
長宗我部家を滅ぼす遠因を作ったのは、元親自身であった。(長宗我部ファンとしては、元親の晩年の変わりようにはあまり触れたくないのだが…)
http://kochi.cool.ne.jp/tosa/kamisibai/kamisibai-5/misaki-1.shtml
その上で、起こった一連の怪異も「七人みさき」と称する。
ただ、どうも最初に紹介した「七人みさき」とは、話の内容が違いすぎる。
「七人」という数字の関連はあるのだが、前者には「権力への怨念」という要素が感じられず、どうも通り魔的な行き当たりばったりな怪異のように思う。
後者の伝承がやがて一般化していき、前者の伝承になったとは考えにくい。前者が先にあり、お家騒動に端を発する怪談が流布していく過程で「七人みさき」に合一されたのだろうか。
まあ、そんなことを考えたのだが、民俗学をちゃんと学んだこともなく、ネット以外では資料を集められる環境になく、的を射ているかは分からない。
高知の図書館に行ったり、歴史民族資料館に行ったりすれば、資料もあり、誰かアドヴァイスをくれるかもしれないが。